「堕ちた聖女は贄の青年に誘われる」目次

「俺は贄だ。あんたのためのな」
かつてヴィヴィアンは救国の聖女だった。
だがある禁忌を犯していたため、婚約破棄され、表舞台から姿を消した。
追放も同然の身となり、人から隔離された小島で日々を過ごす。
そんなある日、見知らぬ美しい青年が奴隷としてヴィヴィアンのもとに運ばれてくる。
彼は冷たく笑ってヴィヴィアンを翻弄しながらも、執着するような様子を見せ…。
初出 2019年3月9日~2019年3月23日(「小説家になろう」)

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる1

    「吸えよ」 青年は冷ややかに言った。冷たく、青白く光る目が見下ろしている。 ヴィヴィアンは肺を病んだ老人のような息をし、握った両手に必死に力をこめた。だがそれは情けないほど 痙攣けいれんし、“飢え”が一瞬ごとに悪化していることを知らしめる。…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる2

     ――夢。過去。現実。 冷たい月が頭上で輝いている。地上でもがくたった一人だけをさらしせせら笑うように。  ヴィヴィアンの中ですべてが境界をなくし、曖昧さの中に意識が飲み込まれていた。 争乱の音が聞こえてくる。 騎馬兵が大地を揺るがす音。歩…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる3

    「俺を多少でも人間扱いする気があるなら、タウィーザと呼んでくれ」 気さくというには少し棘の強すぎる口調で、青年――タウィーザは言った。 強がっているようにも見えない。 テーブルを挟んで、向かい合うようにしてタウィーザとヴィヴィアンは座ってい…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる4

     その声は、歪なまでに優しく響き、ヴィヴィアンの背を凍りつかせた。 視界が揺れる。 足元がふらつき、後退する。 目の前の、見るからに丸腰で手枷すらつけられた青年が、急に暗く膨張して見えた。「……あなたは、復讐のためにここへやってきたの」 ヴ…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる5

     不吉な予感が胸にあった。本土にいて、《血塗れの聖女》の管理を一任されているのは彼だ。 だがそのジュリアスに何かがあり、管理体制が変わった――ということはありえるだろうか。贄などというものが送られてきたのは、別人の意図によるものなのか。 そ…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる6

     ヴィヴィアンの体が震えた。心臓を鷲掴みにされたかのように息が詰まる。 ――ジュリアス。 自分を排除しようとする者たちから、護ってくれた。かつての婚約者。離れていても、ずっと気にかけてくれている。 だから、いつか。 いつか彼が迎えに来てくれ…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる7

     完全に満ちた月が、煌々と地を照らす。 ヴィヴィアンのかすかな願いもむなしく、月を隠す一筋の雲さえなかった。 冷たく白い光が、あらゆる窓や隙間から侵入してくる。 厚いカーテンをしめて覆っても、完全には防げない。 調度品や家具を撤去した空き室…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる8

     贄を自称する青年はヴィヴィアンに近づく。 ヴィヴィアンは凍りついたように動けない。――五感が青年に吸い寄せられていく。 皮肉まじりの言葉を発する唇に。露わになったその喉に。引き締まった長い手足に。熱い心臓が新鮮な血を送り出す、その体。健康…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる9

     目覚めは軽やかだった。 しめきったカーテンの隙間から、陽光が細くさしているのが感じられる。 いままでのすべてが悪い夢だったのではないかと錯覚するほどだ。 ヴィヴィアンは体を起こそうとした。 だが軽やかな体に重いものがまとわりついているのに…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる10

     ふ、とタウィーザの顔から若者らしい表情が消えた。それから、ヴィヴィアンの視線を誘うように、首筋にある一対の痕に手を触れた。「美味かっただろ、俺は」 ヴィヴィアンはひゅっと息を飲んだ。タウィーザの声は、先ほどまでとは別人のように妖しいものへ…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる11

    「……ヴィヴィアンさま、煮えていますよ」 侍女の高い声で、ヴィヴィアンははっとした。 慌てて手元に意識を引き戻す。鍋の中でスープが煮え、食欲をそそる匂いを漂わせていた。香辛料のおかげで肉のくさみが消えている。 持っていきます、と言うアンナを…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる12

     館に着くと出迎えたアンナが目を丸くしたが、ヴィヴィアンは少し下がっているようにと優しく言い、ジュリアスたちを応接間に通した。 タウィーザが介入してくるのではないかと少し不安になったが、彼の姿はなかった。まだ眠っているのだろう。 応接間とは…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる13

     ヴィヴィアンとジュリアスは同時に声のほうへ振り向いた。ジュリアスの後ろに控えていた近衛騎士が剣の柄に手をかけ、闖入者ちんにゅうしゃを睨む。 いつのまにか応接間の扉が開き、左半身をもたれさせたタウィーザが尖った微笑を浮かべて立っていた。「政…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる14

     ジュリアスはわずかに言い淀んだ。「三人目の側室を迎えたの? 正妃との間に子供が産まれたのに?」「……ヴィヴィアン、子をなすことは、王族の義務だ」 他意はないとでも言うように、ジュリアスは困惑気味に答える。 ――違う。そうじゃない。 激しい…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる15

     アンナとは、短い別れの挨拶を交わした。――いつかはそうしなければならないと思っていたが、こんなに早くそのときがくるとは思いもしなかった。 アンナも事態がのみこめていないらしく、ただ純粋に、「またお会いできますか?」 と聞いた。 胸を締め付…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる16

     朦朧としていても、意識はあった。 それを手放してしまえば、きっとタウィーザの命をも奪ってしまう。 押し流される寸前で、異形の本能に抗い続けた。 理性の力が再び上回ったとたん、ヴィヴィアンは首筋から顔を引き剥がした。「タウィーザ……!」 青…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる:ある男の残響

    「殿下……一度、お休みになられたほうが」「うるさい!」 赤銅色の髪が美しい女は、びくりと体を震わせた。それから怯えたように後退し、深く頭を垂れて、差し出がましいことを申しました、と声を細くした。 ジュリアスはなんとか怒りを抑え、下がれ、とだ…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる:ある男の運命1

     血煙と炎と剣戟の中で――タウィーザは、運命の女に出会った。 武具の一つもつけず、見るからに日頃剣など握ったことのない細腕が、けれど屈強な男を殴り倒す。冗談のような、ひどく悪趣味な喜劇じみた光景。 タハシュの血をのんだのだと、すぐにわかった…

  • 堕ちた聖女は贄の青年に誘われる:ある男の運命2

     一目で、ただの女だとわかった。だがその女が戦士に守られ鼓舞するのではなく、自分が先陣を切って、《タハシュの民》の戦士さながらに戦い、味方を導いていた。 火の色、あるいは血の色に乱れた険しい顔――それでも一瞬、泣き出しそうな顔に見える。 (…