中編小説

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婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる18

 ルキアが後からついてきてくれるのを感じながら、フォシアは急いた足取りで玄関に向かった。 二人の青年の姿はすぐに見つかる。「やあルキア、フォシア」 ヴィートが、フォシアとルキアを認めて笑った。その傍らのグレイは一瞬目をあげて目礼したあと、ま…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる17

 一連の出来事の終結を宣言された日以来、グレイはフォシアのもとを訪れなくなった。 だがそれは、元の生活に戻ったというだけで、おかしなことではない。 むしろ用がなければ訪れないのは普通の状態だと言えるはずだった。 晴れてアイザックの魔の手を退…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる16

 灰色の瞳の青年は傍らに膝をつき、短くそれだけを言った。かすかに息を飲んだような気配が感じられた。 その手が伸びてフォシアに触れかけ、だが寸前で長い指が握りこまれた。「フォシア……っ!!」 ほとんど悲鳴のような声と共にルキアが駆け寄り、フォ…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる15

 そこまで親しかった相手でも、特別に信頼していた相手でもない。――だが、こんなことをされるほど嫌われていたのか。 男がまた、一歩近づいて来る。「る、ルキアが、ルキアを呼びます……っ」 とっさにそう叫ぶと、不自然なほど笑みを露わにしたアイザッ…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる14

「グレイか? 少し調べたいことがあると言っていた」 しばらく来られないとのことだ――ヴィートの口からそう聞かされたとき、フォシアは自分でも不思議なほどに落胆してしまった。 応接間のソファで、いまグレイの代わりに座っているのはヴィートだった。…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる13

 フォシアははっと顔を上げる。 青年の目は真っ直ぐだった。これまでに向けられたどんな眼差しよりも、涼やかで――澄んでいた。「私に言える言葉ではありませんが……。でも、あなたは勘違いをなさっている。本当に卑怯で甘えることしかしない人間は、そん…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる12

 フォシアは完全に虚を衝かれた。目を丸くしてグレイを見つめる。 グレイもまた真っ直ぐに見返してきた、その表情はなぜかいつもとは違って見えた。滑らかな頬や涼やかな目元にかすかな強ばり――緊張とためらいのようなものが漂っているような。 フォシア…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる11

 フォシアは再び、部屋に閉じこもる時間が長くなった。気分転換にと友人のもとへ出かけて、姉の話題で抗いがたく心を乱されてから、自分を見失ったかのようだった。 どうしたらこんな割り切れない自分と決別できるのかがわからなかった。 使用人が、困惑し…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる10

 停滞する日々の中、珍しい友人の誘いは、フォシアにとってまさしく天啓のように思えた。同性の友人はさほど多くなく、彼女たちはみな積極的にフォシアを誘うほうではない。 近頃あまり姿を見かけないけれど、と心配するような言葉がそえられて、茶会の招待…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる9

 フォシアはひゅっと息を詰まらせた。突然、冷水を浴びせられたような気がした。 ――グレイの眼が、試すようにこちらを見ている。 次の瞬間、かっと頬が熱くなり、こみあげる感情のまま声をあげていた。「何を、仰りたいのですか……っ!」 ――抑え込ん…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる8

 ――フォシアに把握できる範囲では、少なくとも、事態は膠着しているようだった。 実際、フォシアはただ家に閉じこもっていて、動いてくれているのはヴィートや両親たちだった。 これ以上厄介ごとを増やさないためにも、事態が解決するまで閉じこもってい…

婚約破棄された令嬢は、灰の貴公子に救われる7

 フォシアは刺繍の手を止めた。ハンカチに刺しはじめた蔦の模様は少しも伸びないままだった。まるで集中できなかった。 先ほどから何度もそうしているように、いまもまた、部屋の扉に目を向ける。見慣れた自室の扉だった。部屋の中には自分だけで、扉の向こ…