落ちこぼれ聖女だったフィアルカは料理で「ある症状」を救うことができた。
その腕を見込まれて領主と婚約までしたが、あるとき濡れ衣を着せられて婚約破棄され、追放されてしまう。
人にもなれる相棒の俺様オオカミと一緒に、危険な森に足を踏み入れる。
するとそこで、同じく魔物を狩ろうとする青年・ユーリイと出会う。
ユーリイはいかにも貴族に見えるし、わけありの様子。
だがフィアルカの目の前で「ある症状」を発して倒れてしまった。
フィアルカはとっさに、自分の作った保存食を食べさせてユーリイを助ける。
するとユーリイはフィアルカの料理の腕を見込んで助けてほしいと言ってくる。
もう雇われるのはこりごりだと思っていたフィアルカだったが、見捨てることはできず…
初出 2020年 09月16日(「小説家になろう」)
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです1
ちくしょう、とフィアルカは心の中で精一杯罵った。 罵りながら、すみれ色の目の奥に刺されたような痛みを感じ、次から次へと涙をこぼした。そのたび、手にしていたナイフをいったん置いて、布巾で拭った。新鮮な玉葱を切ったときとは違う、ただただ後から…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです2
腹に響くような低い声。大きな手が頬に触れ、フィアルカはとっさに顔を背けた。 ――ラピスは狼のときでも遠くまでよく届く声をしているが、人の姿になると聞く者を酔わせるような低音を帯びる。 だが、それにしたところでいまの声は不自然なほど甘いとフ…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです3
『一日だけ猶予をやる。それがせめてもの恩情だと思え』 元婚約者の声をまざまざと思いだし、フィアルカは奥歯を噛む。 猶予といったところで――フィアルカにはろくな財産がない。いまいるこの自宅も間借りしているだけだし、見回しても、売って当面の資金…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです4
隣国との国境は、深い森になっている。多くの旅人はこの森を迂回する行程をとるという。 ――ここには魔物が出るのだ。 フィアルカはラピスと共に山に入った。護衛や案内人はいない。巨狼ラピスがいてくれれば必要なかった。 それでも一応――フィアルカ…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです5
長身痩躯の男で、艶やかな長靴に上質な生地の脚衣と上衣をまとっている。 だがその装いなしにも、高く形の良い鼻や、冷たく引き結ばれた唇に貴人らしさが見て取れた。 きっちりと整えられていただろう、暗めの赤毛はわずかにほつれ、眉間にかかっている。…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです6
仕留めたウェイスボアは急ぎ血抜きと内臓処理だけ行い、ラピスが男と一緒に運んだ。 森を抜け、隣国の国境の村にたどりつくと、フィアルカは宿をとった。目を丸くする主人に、ウェイスボアの肉の一部と幾ばくかの硬貨を渡し、部屋と厨房を借りた。 厨房と…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです7
貴人らしい傲慢さとひたむきな懇願がまじったような声だった。 フィアルカは少し意表を衝かれたが、《毒魔》に冒された者が他にもいる――また礼はするという言葉に心が傾いた。 濡れ衣を着せられ、追放処分を受けたときには天を呪いたくなったが、いま、…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです8
寝台に横たわっているのは、美しい少女だった。目を閉じている。掛けられた寝具から見える、折れそうなほどに細い首。その上の整った顔立ち。枕から広がる髪は、ユーリイよりも色味の落ち着いた、赤みのある茶色だった。 肌は異様なほど白い――ほとんど血…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです9
ユーリイの館の厨房は、規模でいえばマルティーノ宅に劣らぬものだった。 美食家であったマルティーノは珍しい調味料や食材、他にあまり見ない調理器具などがそろっていたが、いまフィアルカの目の前に広がる厨房はもう少し無骨な感じがした。 調味料も食…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです10
「お待たせしました」 盆を手に、フィアルカはユーリイとともにエレナの部屋に戻った。 すぐに、ユーリイがエレナの側につく。「とりあえず、スープを一口だけでも」 フィアルカの言葉に、ユーリイがそっと妹の体を起こした。 少女の髪は汗でしっとりとこ…
婚約破棄も追放もされた元聖女ですが、料理で人助けができるようです11
(……さて、これからどうしようかな) 厨房に戻り、食器の洗浄まで済ませてフィアルカはため息をついた。 つくったものは無事完食され、エレナの顔色は別人のようによくなった。食後にぬるま湯を飲んだあと、健やかな顔でまた眠りについたところまで見届け…