中編小説

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堕ちた聖女は贄の青年に誘われる11

「……ヴィヴィアンさま、煮えていますよ」 侍女の高い声で、ヴィヴィアンははっとした。 慌てて手元に意識を引き戻す。鍋の中でスープが煮え、食欲をそそる匂いを漂わせていた。香辛料のおかげで肉のくさみが消えている。 持っていきます、と言うアンナを…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる10

 ふ、とタウィーザの顔から若者らしい表情が消えた。それから、ヴィヴィアンの視線を誘うように、首筋にある一対の痕に手を触れた。「美味かっただろ、俺は」 ヴィヴィアンはひゅっと息を飲んだ。タウィーザの声は、先ほどまでとは別人のように妖しいものへ…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる9

 目覚めは軽やかだった。 しめきったカーテンの隙間から、陽光が細くさしているのが感じられる。 いままでのすべてが悪い夢だったのではないかと錯覚するほどだ。 ヴィヴィアンは体を起こそうとした。 だが軽やかな体に重いものがまとわりついているのに…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる8

 贄を自称する青年はヴィヴィアンに近づく。 ヴィヴィアンは凍りついたように動けない。――五感が青年に吸い寄せられていく。 皮肉まじりの言葉を発する唇に。露わになったその喉に。引き締まった長い手足に。熱い心臓が新鮮な血を送り出す、その体。健康…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる7

 完全に満ちた月が、煌々と地を照らす。 ヴィヴィアンのかすかな願いもむなしく、月を隠す一筋の雲さえなかった。 冷たく白い光が、あらゆる窓や隙間から侵入してくる。 厚いカーテンをしめて覆っても、完全には防げない。 調度品や家具を撤去した空き室…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる6

 ヴィヴィアンの体が震えた。心臓を鷲掴みにされたかのように息が詰まる。 ――ジュリアス。 自分を排除しようとする者たちから、護ってくれた。かつての婚約者。離れていても、ずっと気にかけてくれている。 だから、いつか。 いつか彼が迎えに来てくれ…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる5

 不吉な予感が胸にあった。本土にいて、《血塗れの聖女》の管理を一任されているのは彼だ。 だがそのジュリアスに何かがあり、管理体制が変わった――ということはありえるだろうか。贄などというものが送られてきたのは、別人の意図によるものなのか。 そ…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる4

 その声は、歪なまでに優しく響き、ヴィヴィアンの背を凍りつかせた。 視界が揺れる。 足元がふらつき、後退する。 目の前の、見るからに丸腰で手枷すらつけられた青年が、急に暗く膨張して見えた。「……あなたは、復讐のためにここへやってきたの」 ヴ…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる3

「俺を多少でも人間扱いする気があるなら、タウィーザと呼んでくれ」 気さくというには少し棘の強すぎる口調で、青年――タウィーザは言った。 強がっているようにも見えない。 テーブルを挟んで、向かい合うようにしてタウィーザとヴィヴィアンは座ってい…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる2

 ――夢。過去。現実。 冷たい月が頭上で輝いている。地上でもがくたった一人だけをさらしせせら笑うように。  ヴィヴィアンの中ですべてが境界をなくし、曖昧さの中に意識が飲み込まれていた。 争乱の音が聞こえてくる。 騎馬兵が大地を揺るがす音。歩…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる1

「吸えよ」 青年は冷ややかに言った。冷たく、青白く光る目が見下ろしている。 ヴィヴィアンは肺を病んだ老人のような息をし、握った両手に必死に力をこめた。だがそれは情けないほど 痙攣けいれんし、“飢え”が一瞬ごとに悪化していることを知らしめる。…

「堕ちた聖女は贄の青年に誘われる」目次

「俺は贄だ。あんたのためのな」かつてヴィヴィアンは救国の聖女だった。だがある禁忌を犯していたため、婚約破棄され、表舞台から姿を消した。追放も同然の身となり、人から隔離された小島で日々を過ごす。そんなある日、見知らぬ美しい青年が奴隷としてヴィ…