堕ちた聖女>本文

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる:ある男の運命2

 一目で、ただの女だとわかった。だがその女が戦士に守られ鼓舞するのではなく、自分が先陣を切って、《タハシュの民》の戦士さながらに戦い、味方を導いていた。 火の色、あるいは血の色に乱れた険しい顔――それでも一瞬、泣き出しそうな顔に見える。 (…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる:ある男の運命1

 血煙と炎と剣戟の中で――タウィーザは、運命の女に出会った。 武具の一つもつけず、見るからに日頃剣など握ったことのない細腕が、けれど屈強な男を殴り倒す。冗談のような、ひどく悪趣味な喜劇じみた光景。 タハシュの血をのんだのだと、すぐにわかった…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる:ある男の残響

「殿下……一度、お休みになられたほうが」「うるさい!」 赤銅色の髪が美しい女は、びくりと体を震わせた。それから怯えたように後退し、深く頭を垂れて、差し出がましいことを申しました、と声を細くした。 ジュリアスはなんとか怒りを抑え、下がれ、とだ…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる16

 朦朧としていても、意識はあった。 それを手放してしまえば、きっとタウィーザの命をも奪ってしまう。 押し流される寸前で、異形の本能に抗い続けた。 理性の力が再び上回ったとたん、ヴィヴィアンは首筋から顔を引き剥がした。「タウィーザ……!」 青…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる15

 アンナとは、短い別れの挨拶を交わした。――いつかはそうしなければならないと思っていたが、こんなに早くそのときがくるとは思いもしなかった。 アンナも事態がのみこめていないらしく、ただ純粋に、「またお会いできますか?」 と聞いた。 胸を締め付…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる14

 ジュリアスはわずかに言い淀んだ。「三人目の側室を迎えたの? 正妃との間に子供が産まれたのに?」「……ヴィヴィアン、子をなすことは、王族の義務だ」 他意はないとでも言うように、ジュリアスは困惑気味に答える。 ――違う。そうじゃない。 激しい…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる13

 ヴィヴィアンとジュリアスは同時に声のほうへ振り向いた。ジュリアスの後ろに控えていた近衛騎士が剣の柄に手をかけ、闖入者ちんにゅうしゃを睨む。 いつのまにか応接間の扉が開き、左半身をもたれさせたタウィーザが尖った微笑を浮かべて立っていた。「政…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる12

 館に着くと出迎えたアンナが目を丸くしたが、ヴィヴィアンは少し下がっているようにと優しく言い、ジュリアスたちを応接間に通した。 タウィーザが介入してくるのではないかと少し不安になったが、彼の姿はなかった。まだ眠っているのだろう。 応接間とは…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる11

「……ヴィヴィアンさま、煮えていますよ」 侍女の高い声で、ヴィヴィアンははっとした。 慌てて手元に意識を引き戻す。鍋の中でスープが煮え、食欲をそそる匂いを漂わせていた。香辛料のおかげで肉のくさみが消えている。 持っていきます、と言うアンナを…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる10

 ふ、とタウィーザの顔から若者らしい表情が消えた。それから、ヴィヴィアンの視線を誘うように、首筋にある一対の痕に手を触れた。「美味かっただろ、俺は」 ヴィヴィアンはひゅっと息を飲んだ。タウィーザの声は、先ほどまでとは別人のように妖しいものへ…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる9

 目覚めは軽やかだった。 しめきったカーテンの隙間から、陽光が細くさしているのが感じられる。 いままでのすべてが悪い夢だったのではないかと錯覚するほどだ。 ヴィヴィアンは体を起こそうとした。 だが軽やかな体に重いものがまとわりついているのに…

堕ちた聖女は贄の青年に誘われる8

 贄を自称する青年はヴィヴィアンに近づく。 ヴィヴィアンは凍りついたように動けない。――五感が青年に吸い寄せられていく。 皮肉まじりの言葉を発する唇に。露わになったその喉に。引き締まった長い手足に。熱い心臓が新鮮な血を送り出す、その体。健康…