短編小説

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真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった5

 抑えた、だがこの場には不釣り合いな高貴な声に、ティアレは思わず顔を上げた。 ほつれた紺の髪が顔にかかっても、目を見開いたまま、鉄格子の向こうに立つ人の姿から目を離せなかった。「殿下……」「顔色が悪いな。当たり前か」 付き人を従えた王子ベル…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった4

 称賛と感動と、崇拝にすら囲まれた少女が、やがてゆっくりと振り向く。 あどけない顔立ち。髪よりも少し濃い薄桃色の瞳はきらきらと輝き、化粧などしていなくても、どこにでもいる村娘のような質素な格好をしていても、少女の姿はこの場の誰よりも輝いてい…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった3

『お前が聖女でよかった』 かつて、赤毛の快活な王子はそう言ってくれた。明るく率直な言葉はあっけなくティアレの心をかき乱し、頬を熱くさせる。『王子である以上、聖女と結婚する定めだ。そのことに異論はないが、話のわかる相手だというのは幸いだな』 …

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった2

《女神》フルーエンの声を聞くことができ、その恩寵を行使することこそが聖女の証だ。癒しの力が使えているということは、女神の声が聞こえているということと同意義とされてきた。 だがどれだけ祈っても、女神はティアレに語りかけてくることはなかった。 …

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった1

「聖女様?」 訝しむ声に、ティアレははっと現実に戻った。 神殿の広場、質素な敷布の上に上体を起こした中年の男が、不安げにティアレを見上げていた。包帯の巻かれた右手を庇うようにしており、ティアレはちょうど両手をかざして、《癒しの奇跡》を施して…

「真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった」目次

元令嬢のティアレは、努力によって聖女となり、王子の婚約者となった。だがある日、「真の聖女」が現れると、聖女の座を失い、婚約破棄され追放されてしまう。相棒の狼以外に何も鴨を失ったティアレは、一般人としてひっそり生きるが…|異世界恋愛・短め

追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。11

 低く、だが強い力を帯びた呼び声が響いたとたん、背後の揺らめきがひときわ大きくなり、空が破れた。 巨大な亀裂から獣の咆哮が響き、空気を伝い、地に立つものをびりびりと揺らす。ロレットとその背後の魔法士たちが悲鳴をあげる。 そして空から、すさま…

追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。10

 高らかな――刺すような悪意の言葉が、リュフェスのこめかみを殴りつけた。 ぐらりと一瞬揺らいだ視界の向こうに、小さなジャンヌの姿が見えた。 ジャックを探して泣き、やがて剣を握るようになった小さな少女。 ――あのジャックの妹なのだから、その名…

追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。9

「騒ぎを起こした馬鹿どもはどいつ!?」 耳をつんざくような高い怒声。 高位の魔術師であることを示す、四つの宝石が杖を囲む紋章がローブに刻まれ、濃緑の髪につり上がった目をした女が足音荒く部屋に入ってくる。 女はカルメルとリュフェスを見、一瞬き…

追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。8

 カルメルと警備兵の間でわずかに会話がもたれると、警備兵は半信半疑といった様子ながらも、リュフェスとカルメルを別室に案内した。「……あれはおそらく、黒染デクランね」 別室に二人残されると、カルメルは見たこともない悲痛な表情で言った。「黒染?…

追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。7

 馬で三日以上かかる距離を、リュフェスの力を受けたフェンリルは夜通し駆けてほぼ一日で踏破した。 背の高い城壁に囲まれた巨大な王都の姿を、リュフェスは十年ぶりに目にした。だがそれに何かを感じる暇もなく、フェンリルはジャンヌの匂いを追って王都の…

追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。6

「おーい、リュー。こっちも頼むぞー」「ほいほい」 日焼けした農夫にそう声をかけられ、リュフェスは畑を耕していた手を止めた。額の汗を拭う。残りわずかだった畝を作り終え、鍬を抱えて、隣の畑の農夫の元へ行く。 そしてまた同じように畑を耕しはじめた…