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真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった9

 ティアレもまたうなずき、口をつぐんだ。 ――明らかに偽名だ。自分と同じ。 おそらく高貴な身で、忍んで行動しているのだろう。(……武の名門の方かもしれない) なんとなく、そう考えた。武芸の心得があり、しかもしぐさの一つ一つに気品が感じられる…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった8

 よく通る声は耳を打ち、男たちの手を止め、振り向かせる。「なんだてめえは?」「――聞こえなかったのか。失せろと言ったのだ」 あまりに力を持った声に、ティアレは震えるまま目を見開いた。 長い外套に、目深にローブを被った長身の影がそこに立ってい…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった7

 ――その日も、イア・・にとって馴染んだ一日になるはずだった。 長い髪をきっちりと縛り上げて被り物をし、前掛けをかけ、袖を軽くまくる。軽く掃除と洗濯からはじまり、食事場としての《金の卵》亭の配膳係として立ちまわっては少々野卑な野次を困惑まじ…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった6

「イア! こっちも頼むよ!」「はい!」 注文の料理をテーブルに届けたとたんすぐに女将の声が飛んで、ティアレはすぐに身を翻した。 昼時の《金の卵》亭は食堂として大いににぎわい、すでに酔っぱらって赤ら顔をした男たちや、雑談まじりに食事をとる者た…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった5

 抑えた、だがこの場には不釣り合いな高貴な声に、ティアレは思わず顔を上げた。 ほつれた紺の髪が顔にかかっても、目を見開いたまま、鉄格子の向こうに立つ人の姿から目を離せなかった。「殿下……」「顔色が悪いな。当たり前か」 付き人を従えた王子ベル…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった4

 称賛と感動と、崇拝にすら囲まれた少女が、やがてゆっくりと振り向く。 あどけない顔立ち。髪よりも少し濃い薄桃色の瞳はきらきらと輝き、化粧などしていなくても、どこにでもいる村娘のような質素な格好をしていても、少女の姿はこの場の誰よりも輝いてい…

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった3

『お前が聖女でよかった』 かつて、赤毛の快活な王子はそう言ってくれた。明るく率直な言葉はあっけなくティアレの心をかき乱し、頬を熱くさせる。『王子である以上、聖女と結婚する定めだ。そのことに異論はないが、話のわかる相手だというのは幸いだな』 …

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった2

《女神》フルーエンの声を聞くことができ、その恩寵を行使することこそが聖女の証だ。癒しの力が使えているということは、女神の声が聞こえているということと同意義とされてきた。 だがどれだけ祈っても、女神はティアレに語りかけてくることはなかった。 …

真の聖女が現れ追放された元聖女は、もふもふの相棒と静かに生きたかった1

「聖女様?」 訝しむ声に、ティアレははっと現実に戻った。 神殿の広場、質素な敷布の上に上体を起こした中年の男が、不安げにティアレを見上げていた。包帯の巻かれた右手を庇うようにしており、ティアレはちょうど両手をかざして、《癒しの奇跡》を施して…