「――そのようにして王の一族は永く繁栄し、いまもどこかで命を存(ながら)えさせているのでございます」
一度もつかえることなく、私は語り終えた。
――王はやがて、自らを並ぶ者なき権力者、そして唯一物語りの呪力を享受する者として“聞皇”を名乗るようになった。
胸の内でそう結んだ。
喉が、体が熱い。言葉を重ねていくうちに、喉の奥に小さな火花が散ってように感じた。
言葉に力が宿り、その強すぎる力が喉を傷つけるかのように。
喉に生じた火花は瞬く間に全身に燃え広がり、自分の命という薪に、火がつけられたかのようだ。
くつくつと、喉の奥で笑う声がした。
「どんな煌びやかな物語で言祝ぐのかと思えば……。少々興醒めだぞ、鶯。よもや栄誉ある百人目の語り手が、これまでの我が一族の歴史をただ紐解くだけとは」
笑う聞皇を前に、私は息苦しさに喘ぐ。
ぜい、ぜい、という自分の呼吸の合間に、豪奢な髪飾りがしゃらしゃらと揺れて、ひどく滑稽な音をたてていた。
一度ついた火は、もう消えない。燃やしつくすまで広がってゆくだけ。――そんな気がした。
奉語宮という閉ざされた箱庭を出たときから、もう決まっていた結末だった。
語り姫は、奉語宮というという鳥籠の中では呪力によって生き長らえる。そこでは、住人の時の流れがひどくゆっくりになるのだ。
『私たちは聞皇と同じなのよ。仕組みとしてはね。ただ、私たちはここから出たら間もなく死ぬ。あの男はどこにいようと変わらない』
私にそう教えてくれたのは、入りたてのころに親切にしてくれた――十七姫だったろうか。
古の王は、語り姫以外の語り手を、宮殿の建材に呪力をこめさせるためだけに使い潰した。
その建材で、奉語宮という、時を止める特別な鳥籠をつくるためだ。
呪われた鳥籠の中に囚われた鳥は、命数を伸ばすかわりに、飛べなくなってしまう。鳥籠から出るのは、その鳥の死を意味する。
『……あなたは最後にふさわしいのかもしれない。一番、冷静な目をしている』
また、頭の中に仲間の声が蘇る。二八姫。泰然とも茫洋ともいえる目をした人だった。二八姫ほど冷静じゃないよ――確か、そんな答えを返した気がする。
『見届けて、百姫――』
『どうして? どうしてこんな惨いことが――』
『いまは変えられない。私ひとりには変えられない。でも、私たちには――』
『言葉を紡いで束ねることが物語り。私たちの繋いだ物語りには力がある――』
ああ、ああ。頭の中で、みんなの言葉が、声が溢れてくる。
見届けた九十九人分の。
九十九人分の“物語”。
彼女たちが命を費やして投げかけた呪力がいま、目の前の男一人に集積されている。
「まあ、よい。許そう。予が期待しすぎたのかもしれぬ。さあ、予を言祝げ」
聞皇は、やや興を削がれたと見えたが、機嫌を損ねてはいなかった。
――私の物語りによって百年の言祝ぎが完成されると思っているからだろう。
私の呪力によって寿命がまた一年延び、その後はもとの天寿を全うする。
百年だけの延命というのは、あるいは天の与えた恩情だったのかもしれない。
あまりに永すぎると、生に倦む。けれど百年だけの延命ならば。
しかし、そんなものは――聞皇の一族だけに与えられた、偏った歪な僥倖だ。
あまりに多くの犠牲の上に成り立っている。
「さあ」
何千何万という語り姫を使い潰してきた一族の、直系子孫たる男が言う。
多分この男の子も、その孫も、ひ孫も、同じことをするのだろう。
私はゆっくりと顔を上げる。もう指先に熱を感じない。体の感覚がなくなっていた。
私の命の火が燃え盛って熱をあげ、喉で、最後に物語りとして解き放たれることを待っている。
『あなたには、私たちにはない大きな選択肢がある――』
三十姫の言葉。
九九人で紡いだ物語の、最後の仕上げ。
お慶び申し上げます、と言祝ぐ、そのかわりに。
「――呪われてあれ、聞皇。お前の一族はここで潰える」
私の発した呪詛によって、男の顔が変わった瞬間は見物だった。私だけが、この顔を見ることができただろう。
男の見開かれた目に向かい、私は笑った。
――言霊の力。
力は力にすぎず、決して善悪はない。善悪が生じるのは使い手の意志次第なのだ。
言葉によって言祝げば、相手の命数さえ伸ばす。
ならば、言葉によって呪えば。
「お前の一族はこの先永遠に物語りを聞けぬ。許されぬ」
「や、やめよ! この、痴れ者が……ッ!!」
聞皇はひどく取り乱した様子で立ち上がる。
闇の中でもその顔が蒼白になるのが見えた。
「取り消せ! 言祝げ!!」
裏返った甲高い声で叫び、拳を振り上げる。
頬に衝撃を受け、私は崩れ落ちた。
けれど、私の喉は獰猛な笑い声をあげていた。
――この男は、まさか自分が呪われるなどとは考えもしなかったのだ。
語り姫が感情を持つ生き物であるとは思わず、ただ一年の寿命を延ばすために使い捨てられる存在であるというのに、その原因である本人は何の疑問も抱かず祝って貰えると信じていたらしい。
何度も、何度も殴られ蹴られ、それでも私は笑うことをやめなかった。
暴力をふるえば言祝ぐどころか言葉さえまともに紡げない――聞皇はそんなことさえわからないほど我を失っている。
その醜態を、先に行った九九人の仲間への手向けにしよう。
「――ここに、我と我が同胞九十九の呪言を持って、言祝ぎの消滅を宣する」
全身の力を振り絞ってそう告げたとたん、喉に激しい熱が爆ぜた。
闇夜に一瞬、赤い飛沫が小さな花弁のごとく舞った。
男の、甲高い獣のような叫び声がする。まるで断末魔のよう。
そして急速に世界のすべてが私から遠ざかる。
息ができない。声が出ない。
かすかな光も肌に触れる衣や畳の感触も灯りの匂いも――すべて曖昧になっていく。
なにもかもが解けて消えていく間際、朧なものの向こうに、たくさんの人影が見えた。
(みんな――)
笑い合う声が聞こえる。耳をくすぐる、懐かしいさざめき。快い言葉。懐かしい呪力。
だって、ああ、そうだ。
私は全員を見送って、決して見送られることはなかったから。
今度は向こうに行った全員に、迎えてもらえるのだ。