転生令嬢、幼馴染みの貴族から結婚を迫られる。11

「それはねえ、間違いなく、ただの未練ね」

 友人の力強い断言に、イサーラはクッキーをかじる手を一瞬止めた。
 ある日の午後、イサーラは数少ない友人の自宅に招かれ、久しぶりに近況報告をしていた。
 この理解ある友人はポーションに熱中しているイサーラをよく知っていて、邪魔をしない程度に放っておいてくれ、かつ適度に呼び出して気分転換をさせてくれる。
 イサーラの日常は研究とたまの夜会で埋まっているので、常ならば夜会がいかにつまらなかったかとか、そこで目撃した妙な光景だので話がもちきりになる。
 ――が、今回は違った。

 応接間のテーブルを挟んでソファに向かい合って座り、紅茶とクッキーを好きに取りながら、イサーラはここ最近の、少々頭を悩ませるようになったあの幼なじみ兼求婚者のことを相談していた。
 友人は目を輝かせて話に食いつき、根掘り葉掘り聞いたあと、断言したのである。

「未練……?」
「そうよ。男って言うのはね、いつまでも思い出を引きずるのよ。とくに自分が好意を寄せられたっていう優越感に浸れる思い出をね。ま、女も同じようなのがいるけど」
「そう、なのかな……」
「そうよ。色男ほど、狩りがうまい。でも考えてみなさい、狩りっていうのは獲物を追い詰め追い立てて捕らえるまでのことを言うの。その一連の行動を楽しむのであって、捕らえたあとの獲物になんて興味はないのよ」
「う、ううん……?」
「つまりね、ジュリオは、イサーラが自分のものではなかったと思い知らされて急に焦ってるのよ。相手が去って行くととたんに追いかけたくなるのね。別に恋じゃないわ、ただの所有欲よ。一つでも多くつかまえたい、一つでも失いたくない、蒐集しゅうしゅう家のような面があるよ」

 イサーラは眉をひそめた。
 相手が去って行くととたんに追いかけたくなる、所有欲――いやな言葉だ、と思う。
 友人の言葉がすべて真実だとは思いたくないが、ジュリオの言動を見るにあながち間違ってもいないのではないかと思ってしまう。
 だが、それでもなぜ自分なのだろう。
 ジュリオからすれば、女性などほぼよりどりみどりだ。自分のような、いわくつき・・・・・をわざわざ追いかける必要もない。
 蒐集品の一つのようなものだとしても、そこまで手間をかけるべきものとは思えない。
 イサーラはカップを傾け、紅茶を少し飲んだ。

(……問題は)

 ――ジュリオが資産家である、ということだった。
 イサーラは自分の目的のため、将来のため金が欲しい。あればあるだけよい。
 そう考えると、ジュリオの求婚に対して少し心が揺れてしまうのだ。
 だが金のためと割り切っての結婚の場合は、へたに情がわかないほうがよいと思う。
 極端な話、老人資産家と契約結婚でもするほうがよほど気が楽ではないかと思う。
 ジュリオのように幼少期からの知り合いで、半端にお互いのことをよく知っている、などというのは厄介極まりないのだ。面倒なのだ。

 ――が、それは理性や道徳心が勝っている場合であって、もしそれよりも、自分の夢や野望といったものを最優先に考えるようになったら……そしてそのとき、ジュリオの求婚という金銭面において極めて魅惑的な餌があったら。
 自分は、誘惑に負けてその餌に食らいついてしまいそうな気がする。
 イサーラの現在の悩みは、まさにそれであった。
 しかもこのようにイサーラが葛藤していることも知らず、ジュリオは以前より頻繁に研究所を訪れ、雑談したり時々子供のような悪戯をしかけてきたり、かと思えばじっと実験の様子を見守ったりして時間を過ごす。
 イサーラは実験に集中するとジュリオのことをすっかり忘れるが、ジュリオはそれでもめげないらしい。

(……なんでそこでめげない)

 イサーラは腹立たしく思いながら、がじがじとクッキーをかじった。
 ジュリオは別に、不屈の精神を持つ男とか女性に対して極めて強い執着心を持つ男というわけではない。
 むしろ女性に対しては結構淡白だし、他のことがらにしても諦めるときは驚く程早くに諦める。
 なのに今回はなぜかそういうことにならないらしい。

(……アホめ)

 イサーラは記憶の中のジュリオにそう叫び、がじがじがじがじ、と更にクッキーをかみ砕いて冷めた紅茶で流し込んだ。

(――十年遅いのよ!)

いいね
シェアする