両親が忙しく次の縁談を探しているのを、フォシアは漠然と傍観していた。
今年一六になったフォシアは結婚適齢期の最中にあり、ここから二、三年は目まぐるしくこういった話が出るに違いなかった。
フォシアの美貌は、婚約破棄というちょっとした醜聞も覆い隠す効果があるようだった。
相手がそこまで家格が高くなかったというのも幸いしているらしい。
(……誰であっても同じよ)
表面では従順に両親に従いながら、フォシアの心はひどく乾いていた。
いずれ家のために結婚しなくてはならないというのは変わらない。相手が誰であろうと同じだ。
どうせみな、自分の外見だけ見て一方的な期待を押しつけ、息苦しくさせる。
――ヴィート以外は。
そう考えたとき、フォシアの心はにわかに騒いだ。小説の文字を追っていた目が揺らいで、逃げるように顔を上げる。
すると、少し離れたところで椅子に座って同じように本を読んでいる姉の姿が映った。
艶やかな栗毛に、伏せられた睫毛の下にのぞく夕陽色の瞳。薄桃の品の良い色をした唇が、フォシアには羨ましかった。自分の唇は赤すぎて、果実のようとうたわれる一方、娼婦のようだと笑われることもあったから。
「……ルキア」
フォシアは思わずそんな声をかけていた。ルキアが顔をあげ、優しい夕陽色の目を向けてくる。
「なに?」
どうしたの、と問いかけてくるように、大きな瞳がフォシアを見る。少女のような目だと、フォシアはいつも思う。
続きを促されてフォシアは狼狽えた。とっさに姉を呼んでしまったが、特に話したいことがあったわけではなかった。
ルキアは不思議そうな顔をしてフォシアの言葉を待っていた。
「……なんでもない。話そうとしていたことを、忘れてしまったわ」
フォシアは半ば強引な言い訳をすると、それでもルキアはいやな顔するでもなく、変な子ね、と穏やかに笑った。その眼差しが、落ち着いた笑みがフォシアを安堵させる。
少し雑談をしたあと、ルキアはまた本に目を戻した。フォシアも自分の手元に目を戻したが、文字はほとんど頭に入ってこなかった。
子供の頃の喧嘩をのぞいて、ルキアはフォシアに辛く当たったことがない。
――姉の眼差しはいつも穏やかで、陰湿なところがない。
他の女性が向けてくるような羨望や嫉妬や嫌悪の感情を、ルキアから感じたことがない。
それはルキアが自分の姉だからという理由だけではないとフォシアは思っていた。
(……ルキアが、影なわけがない)
意地の悪い者たちは、自分を見た目だけで判断して太陽と称する一方で、姉のルキアのことは足元の影だの日陰者だなどと噂しているという。
フォシアはそれに怒りを覚えたし、愕然とした。
――見た目で判断する者たちは、本当に何もわかっていないのだ。
確かに、ルキアには一目で目を引くような華やかさはない。けれどそれは、ルキアが魅力の無い人間だという意味では決してない。
もしルキアが影だというなら、それは夏の陽射しの中で人々を癒す、優しい木陰だ。周りには明るさが満ちていて、ルキアがつくる影は人を癒やし憩わせるためのものなのだ。木陰は決して暗いわけではない。暗闇などではなく、むしろ明度の違う光であるとさえ言えるのかもしれない。
フォシアがルキアに好感を抱いているのは、たぶんそういったところだった。
そして――おそらく、ヴィートも同じなのだろう。
(……ヴィートと私は、似ているんだわ)
漠然とした思考の中で、フォシアはふとそんなことを思った。
――人々が太陽などと賞賛を向けてくるほど、息苦しくなる。それは自分の中に、太陽の光などというものとは真逆のものを感じているからでもあった。
ルキアの持つものとは真逆の――見せかけの輝きと光の奥の、鬱屈した暗さ。
ヴィートも華やかな外見を持つ青年だが、その内面はずっと不器用で純朴だ。外見で判断されて勝手な思い込みを押しつけられているところなど、自分と似ていると思う。
(だから……)
――だから、ヴィートもルキアに惹かれるのかもしれなかった。
自分が、ルキアだけは信頼しているように。
不器用なヴィートが、その実どれほどルキアを愛しているか、フォシアはよく知っていた。ルキアを驚かせたくて、喜ばせたくて、妹である自分に好みを聞いてくるほどだったから。
『――こういうものは、ルキアの好みじゃないか?』
『ルキアに似合うのはきっとこれだと思うんだが……』
『教えてくれ、フォシア。ルキアは最近、どんなものに興味を持ってる?』
フォシアは本を閉じる。表紙を薄く指先でなぞった。
いま流行の、安い恋愛小説。ありがちな男女、ありがちな障害。――既に思い人がいる相手を好きになるという、あまりにも陳腐な題材だった。
つまらない、とフォシアは内心でつぶやく。
実に愚かだ。