元凶は私にありました。
私がまったく意図しない、望んですらいない形で。
『あなたはかつて、原因不明の熱を出して伏せっていますね。実はその間に……《魔法》の力が発露していたらしいのです。このことは、ご両親と、彼しか知りません』
私は言葉を失いました。
『あなたの側にあった花瓶の花が、枯れる寸前だったのに蕾に変わっていたことをはじめに……。側にいたお母さまの髪の長さが変わったり。彼が持ってきた花束が、彼の手の中でいきなり蕾に戻るということもあって、彼は《魔法》を確信したそうです』
――私の家の先祖は《魔法使い》で。
『不運と言えば不運なのでしょう。これまで遺伝されなかったはずの《魔法》の力が……いかなる神の思し召しか、あなたに伝わり、あなた自身が気づかぬうちに覚醒しつつあったのです。けれどその《魔法》は、いまや異端とされる力です。その異端を厳しく取り締まる者がいることを、ご存じですね』
――悪しき超常の力を厳しく裁く審問官の家。侯爵家。
『……彼を伴侶にと望んでいるかのご令嬢に、あなたの力のことを悟られてしまったことが、彼にとっての不運でした。そこにいかなる取引があったかは、想像に難くないでしょう。彼は……あの人は、あなたを守るために、あなたを突き放しました。そして審問官の手が及ぶ前に、監視という名目のもと、この修道院に保護を頼んだ……』
柔和な院長の目から零れ落ちていった涙を、私はただ呆然と見ていました。
――彼は確かに、あなただけの《碧玉の騎士》だったのだと。
君に会いたい。
彼のその声だけが、耳に響いて。
ずっとずっと、響いて。
それから私は、ずいぶんと久しぶりに熱を出して伏せることになりました。
――長い夢を見ていた気がします。
そのうち、老嬢と呼ばれる年齢になって独り身になった現在のほうが夢なのかと思えるほどに。
久しぶりに、鮮やかに彼の姿が浮かんだから。吸い込まれるような、彼の青い目が。
見知った修道女たちの不安げな顔を見ながら目が覚めた私は、けれどどこかすっきりした気分でした。
私にはもう、自分のやるべきことがはっきりとわかっていたのです。
かつて自分の家にあった蔵書を手元に戻すところからはじめました。
一族の歴史――先祖の《魔法使い》の文献を集めたのです。
そうして、枯れた花を満開の花に、満開の花を蕾に戻すところからはじめて。
古いカードを新しく、後悔の言葉が書かれたカードを白紙に戻すように。
そうして、私は自分の《魔法》の力を自覚しました。
私は、どうやら《時を巻き戻す》力があるようでした。
できることは、ものの時間を巻き戻すこと。朽ちた花や咲いた花を蕾に戻すことはできる。
ものの時間を進めることはできない。蕾を咲かせることはできない。
ところが、時を巻き戻す力を自分に使った場合、自分の時間を巻き戻すというより過去に戻るという現象が起こせるということがわかりました。
私の体だけが三日分若返るのではなく、三日前そのものに私の意識だけが飛んでいるようなのです。
時という本を三ページ分戻るかのように。
――だとすれば、三ページ後の私の元の体はどうなるのでしょう。
いいえ、そんなことはもう考えなくてもいいでしょう。
私は望む力を手に入れたのですから。
この力は無制限ではなくて、どうやら使える量に限りがあるようです。
先祖は私よりずっと強大な魔法使いであったけれど、最後には力を使い果たして普通の人に戻ったということも、文献に記されていました。
三日分の時を巻き戻したとき、かつてない疲労感でしばらく体を動かせず、しばらく力が使えなかったうえに、開花した花を蕾に戻すことはできても、枯れた花から蕾に戻すことができなくなっていました。
あるいは、私がもう年を重ねた身であるからかもしれません。
だからもう、いましかないのです。
力が足りなくなる前に、使い切る前に、残るすべてで。
ああ、気づけばこんなに長くなってしまった。これを読んだあなた、私のために時間をくれてありがとう。
身の回りを片づけ、院長や友人にあてた手紙も書き終えました。あとはこれを書き終えるだけ。
もしかしたらこれを書くことで、不安や恐怖を少しでも払拭したかったのかもしれませんね。
前例のないことをやろうとしているのですから。成功しても失敗しても、一度きり。
でも私は確信しています。
これは悲しい恋の結末じゃない。
これは、悲しい恋の終わり。
もうすぐ夜が明ける。
さあ、友人たちが起き出してくる前に行かなくては。
私の《碧玉の騎士》――きっとあなたに、会いに行く。