――その日、一人の老嬢が死んだ。
かつての婚約者の訃報を聞き、後を追うように亡くなったという。
身の回りは綺麗に整頓され、遺書らしきものも残っていたため、自ら命を絶ったようだとされた。
老嬢は妙齢のころ、婚約者に裏切られ、疎まれて修道院に追いやられ――以後、未練あるいは男性不信ゆえに長く独り身を貫いていたとされる。
悲しい恋の物語。
老嬢の数少ない友人たちは静かにその死を悼み、一途な愛を美談として語り継いだ。
◆
どこかの誰かへ。
ただ誰かに聞いてほしくて、これを書き遺していきます。
私は、とある子爵家の娘でした。いわゆる令嬢と呼ばれる立場でした。でも細々と続いている家系で、小さな領地と、代々住み続けている家があるばかり。
なんでも、ご先祖さまはちょっと変わった魔法使いだったそうです。その才能のために爵位を与えられたのだとか。でも天才というのは神様のお遊びで気まぐれで生まれるものなので、魔法使い様の子供、孫、その子孫――つまり私たち――はまったく普通の人間でした。
私も、これといって美貌や特技をもたない娘でした。
唯一自慢できることといえば、私の婚約者――であった人です。
なぜ過去形なのか?
それは、婚約を破棄されてしまったからです。
あれから、彼は別の女性と結婚しました。
そして私はいまにいたるまで独り身。
かわいそうな令嬢。
捨てられた令嬢。
婚約者に疎まれ、修道院に押し込められた哀れな女。
そんなふうに私を嗤う者もいれば、哀れんでくれる人もいました。
でも、私は彼が好きなのです。いまも。
彼はどんな人なのかって?
彼は、のちに《碧玉の騎士》というきらびやかな異名をもらうほどの人でした。
整った顔立ちをしていて、美しい青の目を持った騎士だからです。ちなみに、髪は深みのある濃褐色。
でも華やかな異名ときらきらした容姿とは対照に、彼はとても口下手な人でした。
だから、「お前との婚約を破棄する」なんて言われたときはそれは驚いたし、心臓が刺されたように痛んで、泣き暮れたものです。
私と彼の付き合いは長くて、いわゆる幼なじみという関係でした。
きらびやかな異名を持つ彼も、最初から神童だったというわけではありません。
はじめはどちらかというと内気で、痩せぎすで、からかわれても言い返せず、一人で落ち込んでいるような少年でした。
私も、小さいころは魔法使いの血筋ということでよくいやみを言われたものでした。自分自身、魔法に憧れたりもして、でもできなかったので、他人からは使ってみろとからかわれたりけしかけられたりするのは余計にいやなものでした。
そんなもので、口下手な彼とは奇妙に気が合ったのかもしれません。
木の下でぽつんと座り込んでいる彼の隣に座って話しかけた――それが一番古い記憶です。
ふふ。少し自慢させてもらうなら、彼の目の色が空のように美しいと気づいたのは私が最初なのではないでしょうか。
家格もつりあいがとれるというのもあって、自然とお互いの家同士で婚約が決まりました。
私が漫然と淑女教育を受けている間に、彼はずっとずっと努力して自分を鍛えていました。
痩せぎすな体から脱皮しようと自分を追い込み、怪我だらけになりながら馬に乗れるようになり、別人みたいに胸が厚く背は高く、腕が太くなっていきました。
口下手な彼が久しぶりに会って挨拶をしてくれたとき、とても低い別人のような声が出てきて驚いたっけ。
そうしたら彼も、久しぶりに会った私に驚いたみたいで、なんだか二人ともひどく恥ずかしい気持ちになったのを覚えています。
時というのはすさまじい魔法で、私と彼の、幼いころからの関係を一変させてしまいました。
だって、あの内気で口下手な少年がこんなに凛々しく端正な青年になるなんて、誰が想像できたでしょう。
彼を目の前にして、あんなに落ち着かない気持ちになるなんて。
エスコートされて、触れた腕のたくましさに驚いて、並んだときの彼の目線の高さや肩幅の広さにも驚いたりして。
「君は小さいな、ちゃんと食べているのか?」なんて彼は真剣に心配してくれましたが、私としては、彼がたくましくなりすぎたのだと思っています。
あの彼に、御伽噺のように軽々と抱き上げられる日が来るなんて誰が想像できたでしょう。
私はびっくりして、顔がすごく熱くなったのですが、彼はいたずらが成功した少年みたいに笑うのです。
彼があまりに立派になりすぎて、自分ももっとがんばるべきだったのでは、なんてはじめて後悔しました。
ちょうど、その頃でしょうか。
私はたびたび熱を出したり、寝込んだり、体調を崩してしまうことが多くなりました。決して病弱な体質ではなかったし、心配した両親が医師を呼んでくれたりもしましたが、そのときは原因はわかりませんでした。