クレール夫人との思わぬ邂逅を経て、グリシーヌはなぜか胸の中にうっすらともやがかったものを感じるようになった。
オリヴァーという人がわからない。
ロジエのために誠実になってくれたという事実だけであればよかったのに――。
そのもやが晴れぬうちに、ロジエの付き添いとしてオリヴァーに誘われた茶会に参加することになった。オリヴァーの友人が主催だという。
オリヴァーは相変わらずロジエを積極的に誘い、もはや二人の関係は公然の秘密といったような状態になっていた。
初夏の気配を孕んだ明るい陽射しが、青々とした緑の美しい庭園を照らし出す。
よく手入れされた芝生の上には点々と白いテーブルが置かれ、その周りに着飾った人々が集まっている。
主催の友人や、関係者だという若い男女が多く、光と緑の中に女性陣の明るいドレスが映え、庭園の中に大輪の花々が咲いたかのようだった。
――そんな中でも、やはりロジエは一際輝いている。
姉の目線というのを差し引いても、ロジエにははっとさせるような華があるのだ。ただ美しいというだけではない。
そしてその隣に立つオリヴァーがひけをとっていないことも、遺憾ながら認めなくてはならなかった。
(……お似合いに、見えるわ)
悔しいが、見た目にはかなり釣り合いのとれている二人と言わなければならない。
グリシーヌは保護者役としてついてきたが、オリヴァーの完璧な態度を見ていると、そんなものは不要であるように思えてくる。
クレール夫人のいった完璧――他の女性に対するよりも、より完璧だという態度。
何よりも、妹の表情だ。
(ロジー……)
妹の表情が、心なしか安らいでいるように感じる。いつもの、品良く愛想のよい微笑、けれどグリシーヌにだけはわかるかすかな強ばりがなくなっているように思えた。
安心感がそうさせているのではないか。
隣にいる――オリヴァーという安心感が。
とたん、グリシーヌはすうっと胸に小さな穴があくような感覚に襲われた。
(私が……いなくても)
自分がいなくても、ロジエは大丈夫なのだ。――オリヴァーがいるから。
他の女性との不適切な関わりさえなければ、オリヴァーは完璧だ。
本当に“夢のような”貴公子なのだ。はからずも、クレール夫人の言葉がそれを裏付けてくれた。
胸にあいた小さな穴から、ひんやりとした寂しさが滲み出てくる。
それから。
その奥に、じりりとした焦げ付きのような何かが……。
(いや……考えたくない)
グリシーヌは頭を振って、それ以上考えるのをやめた。
二人から目を逸らす。
――自分は一体、何をやっているのだろう。
「こんにちは、グリシーヌ嬢」
ふいにそう声をかけられ、顔を上げる。グラスを片手に、見知らぬ男が笑みを浮かべて近づいてきていた。
決して愛想がいいとはいえぬ、困惑気味の反応をするグリシーヌを横目に、男は一方的に語る。
男はどこかの子爵家の長男で、ランディという名らしかった。
オリヴァーの友人の友人――という関係にあたるらしい。
むろん、グリシーヌはこれが初対面だった。
ランディはロジエのほうに顔を向け、目を細めた。
「あなたの妹君は、噂通りの美しさですね。薔薇の妖精のようだ。いや、彼女を射止められるのは、あのオリヴァー卿ぐらいのものでしょうな」
「……ええ」
グリシーヌは返答に困り、そんな気の利かぬ言葉しか返せなかった。
体が固くなる。頬が強ばる。どんな反応が正しいのか。どんな受け答えが相手によく思われるのか。どう会話を運べばいいのかわからない――。
いつものあの緊張と不安感がやってくる。
これではまた、つまらない女、傲慢な女と思われてしまうのに。
一瞬、不自然な沈黙が生じる。
再びランディのほうから口を開く。
「最近、ずっとロジエ嬢の保護役をつとめておいでだとか。あなたは妹想いな方ですね」
「……いえ……」
「ですが、ご自分はいかがです? ああも見せつけられては、寂しい思いをしておいでなのではないですか」
グリシーヌは閉口した。男の露骨な言葉に困惑し、ますます返す言葉がなくなる。
何を言いたいのだろう――また、他の者と同じようにいやみを言いたいのだろうか。
ただ黙っていると、ランディはやや苛立ったような気配を漂わせた。
「私のような人間とは会話もしたくないと?」
「! そ、そんなつもりでは……」
グリシーヌはびくっと肩を引きつらせ、慌てて頭を振った。何か言おうとして、しかし男の不快げな態度に言葉が引っ込んでしまう。
「鈍い方だな。せっかくこうして声をかけたというのに。美しい妹の後についてまわって、その婚約者をじっと見つめるようなことをして、寂しいのでしょうと聞いてるのですよ」
棘に満ちた言葉が、ふいにグリシーヌを刺した。