追放された元テイマー、最強に育てた義妹が敗れたので真の力を解放する。4

「お、おいジャンヌ!? 何やって……」
「う、うるさいな! 見ての通り寝込みを襲ってるの! 隙ありすぎ! それでも元探索者なの!?」

 怒られたあげく、脇の下をくぐって伸びる白い手にぎゅうぎゅうと抱きつかれ、リュフェスは慌てた。

「な、なんだよ。急に寂しくなったのか? ま、まあそれなら、お兄ちゃんが子守唄をだな、歌ってや――」
「ば、バカじゃないの!? リューなんか、お兄ちゃんじゃないもん!! 絶対!!」

 ぎゅうぎゅう抱きつきながら、リュフェスの背中のジャンヌは怒っている。
 あ、あー、とリュフェスは口ごもりながら、内心でちょっと落ち込んだ。
 ――ジャックの代わりに精一杯、兄になろうと思ってやってきたが、確かに自分とジャックでは何もかも違う。探索者としての能力は無論、特に見た目に恵まれていたジャックと比べると、それこそ蝶と蟻ぐらいの差がある。――まあそれはいいとしても。

「……お、大人になったんなら、そのー、人の寝台を侵略するようなことはやめたほうがいいぞ」

 背中にあたる妙に柔らかい隆起のことを、リュフェスはつとめて考えないようにしながら言った。ジャンヌの体はどこも柔らかい。そう、言うなればあの白い狼のもふもふした毛皮と同類であって……。

 だがジャンヌは答えず、聞き分けのない子供に戻ってしまったようにしがみついたままだ。

(うぐぉ……いや、俺は枕。猫とか犬。いや、むしろ昆虫……いや、草?)

 つまり草なのだから何も感じない。血が繋がっていないとはいえ、ジャンヌは妹とかいっそ娘に近い存在なのだ。リュフェスはわさわさと生い茂り、何をされてもただそよぐだけの雑草を必死に思い浮かべた。

「……あのさ。リュー、私がいない間に、け、結婚とか、しないよね?」
「は……?」

 あまりにも突拍子もない言葉に、リュフェスはふと冷静になった。

「結婚! しないよね!?」
「おい服をつかむなって! 結婚って、んなもんするわけないだろ。金欠親戚なし農夫のどこに相手がいるんだよ」
「鈍感! か、カルメルさんとかと、仲いいでしょっ!?」

 リュフェスは虚を衝かれた。と同時に、少し呆れ笑いをした。

「カルメルは俺のことおもちゃぐらいにしか思ってないだろ。あれだ、猫が爪研ぐやつ」
「……リューのそういう言葉はあてにならない」

 ジャンヌはうなるように言う。
 いったいジャンヌが何を思っているのかリュフェスにはすぐにはわからなかったが、やがてなんとなく思い当たった。

(これはあれか。帰ってきたら自分の居場所がないのがいやだ、みたいなやつか?)

 たった一人の肉親を失ったジャンヌにとって、唯一、リュフェスが家族と呼べる存在になっている。初陣ともなれば不安なものであるし、帰ってきたら何もかもが変わってしまっていた、ということがいやなのかもしれない。
 犬や猫も環境の変化には神経質なのである。

「心配すんなって。何も変わらない。どかっと稼いで来い。そんで、俺に気楽な隠居生活させてくれ」
「……ほ、他の誰かと一緒になってたら、許さないからね!」

 今度はぐりぐりと頭を背中にすりつけられて、リュフェスはうご、とうめいた。これでは本当にジャンヌが犬か猫、あるいは羊などのようである。

 結局、ジャンヌはそのまま出て行こうとしなかった。リュフェスは仕方なく、年頃の義妹と超至近距離で眠った。
 ――寝返りがなかなか打てず、翌朝には体が軋むというおまけつきで。

 

 木々のまばらな森の中に晴天の光がさしこみ、桃色と白が好き勝手に散っている様を照らし出す。
 豚、山羊、羊である。

 他には離れたところでぼんやりと鍬にもたれている男が一人いるだけである。
 その足元にかろうじて、小さな白い犬がうずくまって眠っていたが、牧羊犬ではない。

(行っちまったなあ)

 家畜たちを見守りながら、リュフェスはしみじみと思った。
 ジャンヌを見送ってから数日。田舎の村なので村人総出で、ジャンヌと数名の出立者を見送った。ジャンヌの他数名の若者は、リュフェスも知っている。
 みな、実力に疑うところはない。リュフェス自身が見定め、鍛えたのだから。

『……リュー。私、必ず手柄をあげて帰ってくるから。そしたら……、そしたら』

 最後にぼそぼそとジャンヌはそう言って、だがそうしたら・・・・・の先を言わなかった。

(帰ってきたらオムレツが食べたい、とかか? 俺、あれ苦手なんだけどなあ)

 ジャンヌのためにと、リュフェスは料理もするようになった。はじめは、おそるおそる口にしたジャンヌを泣かせるぐらいの腕前だったが、必死にやるうちになんとか普通に食べられるものを作れるようになった。その中で、オムレツはおそらくジャンヌが一番気に入っているものである。

 そんなことを考えていると、小鳥がぴよぴよと声をあげつつ、リュフェスの肩に下りてきた。適当な止まり木であるというように、何羽も下りてくる。小さいとはいえ犬が足元にいるというのにお構いなしだった。

(……まあ、せいぜいがんばるか)

 リュフェスは心の中でそう気合いを入れ、鍬から身を起こした――そのとき。

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