――奏でる旋律は神の息吹のごとく、響く歌声は大海のごとし。
*
その世界は、汚染されていた。
地は汚れ海は淀み、空は曇って光を届けない。
汚染の規模は気まぐれな踊り子のように変動した。
不定期に汚染がおさまるときがあり、人々はいつとも分らぬそれを切望していたが、ときに年単位で汚染が退かぬときがあって、やがて生きとし生けるものは数を減らしていった。
そんな中、ひとつの旋律がたやすく汚染を振り払った。
はるか海のかなたより、ゆっくりとした足取りでやってきた長い髪の女。
薄く色づいたくちびるがこぼすのは子守唄のように優しく、聖歌のように荘厳で、民謡のように懐かしい歌だった。
彼女のために地は清められ、海は澄んで、空は晴れた。
まさしく天上の歌であった。
その美しい容姿と相まって、現れた救世主を人々は女神と呼んだ。
人と同じ姿をしていながら歌という神の力をもった女は、やがて人と交わって子供を産んだ。
その子供はまた人と交わり、孫を産む。
そうして女神の血を受け継いだ一族を“導き手”と呼んだ。
彼らは血を受け継いだにふさわしく、たぐいまれなる声をもった。
ひとたび歌えば汚染を払い、人々の心をいやし、時に勇気づけ、慰めた。
しかしその力は人と交わったことで薄れたのか、汚れを払える範囲は狭く、期間も短くなっていった。
それでもその力が消えることはなく、不要になることはなかった。
生き物を追いやろうとする汚れと拮抗を保ち、あるいはすこしでも押し返すため、歌い手たちは常に人々の先頭に立たされ、声をはりあげた。
彼らはあがめられ、幼少のころより歌い手としての訓練を受けることとなる。
それが理。それが習わし。
けれど、シンだけは違っていた。