偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった ~夫に隠したもの~

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偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった11

   ◆ 『 親愛なるジュネへ 元気にしているだろうか。君は、もう私のことなど忘れているかもしれない。 自分でも、今更だと思う。だがこの先、君に哀れな男だと思われても、愚かな男だと思われるのはあまりにも苦しいので、謝罪だけはさせて…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった10

 それからどうやって帰宅したのか、ジュネはよく覚えていない。 館に戻る間も、戻ってからも、瞼の裏に天使の姿が焼き付いており、耳には水音と翼のはためく音が反響していた。 なかば夢見心地のまま次の日も泉に行ったが、天使の姿はなかった。 次の次の…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった9

   ◆  ――そのとき、ジュネは自棄になっていた。 それ以外の言葉で表しようがない。 他の令嬢の嫉妬と悪意によって、ダヴィドとの婚約は破談になった。自分を信じてくれないダヴィドにも怒り失望し、やがて絶望へ変わった。 逃げるように…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった8

 鋭い刃を思わせる叫び。 その叫びはジュネの胸を切り裂き、硬直させる。 がくがくと震え、よろめくように後退する。――金の腕輪を強く握りしめたまま。 ミヒャエルが、ジュネの夫であった男もまたふらつきながら立ち上がる。そして手を伸ばしながらジュ…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった7

 この場にありえない声が、耳を打った。 ジュネの心身は凍りつく。唐突に世界のすべてが悪夢の中にあるように思えた。 繰られた人形のように振り向く。 誰よりもこの場にいてほしくない――見られたくない相手がそこに立っていた。 どうして。なぜ。ミヒ…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった6

 その晩餐以来、ジュネはしばらく怯える日々を過ごしたが、ミヒャエルは何もなかったかのように変わらなかった。 否、いつもより情熱的ではあった。無言のうちに、ジュネの抱えた不安や焦燥を解きほぐそうとしてくれているかのようだった。 ジュネはそれに…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった5

 ジュネは帰宅すると、数少ない使用人とともに晩餐の支度をしながらミヒャエルの帰りを待った。 夜の闇が降りてすぐ、ミヒャエルは帰った。 ジュネはいつものようにそれを迎え、ミヒャエルもまたいつものように穏やかに答え、二人は晩餐の席についた。 給…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった4

(……ミヒャエルも、子供がほしいのかしら) ジュネはぼんやりとそんなことを思った。 ミヒャエルはとりわけ旺盛なほうではないと思うが、それほど淡白というわけでもない。けれどここのところ、頻繁で――情熱的のような気がする。 せつなげな顔。まるで…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった3

 辺鄙へんぴな町での暮らしは穏やかだった。 ジュネは、町一番の大きな館である自宅で一日を過ごす。 ミヒャエルはしばしば、この町にただ一人の医者の手伝いのようなことをするために出かけて行った。 ジュネがミヒャエルを発見・・した直後から、ずっと…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった2

 つかのま気まずくなった空気を誤魔化すように少し談笑して、友人は辞していった。 友人を乗せ、都へ去って行く馬車をジュネは見送る。ミヒャエルも隣に立って同じく見送っていた。 馬車の姿が遠ざかり、見えなくなるとジュネの胸に安堵が広がった。 ミヒ…

偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった1

 ジュネが泉に近づかなくなったのは、そこが神聖だからではない。 畏れているのではない。 怖れている。 ――忌避しているのだ。    ◆ 「本当に羨ましいわ。あんなにいい男をどうやって捕まえたの?」 心からの羨望を表すよう…

「偽り奪い、彼女は悪役令嬢になった ~夫に隠したもの~」目次

令嬢ジュネはかつて婚約破棄され傷心のままに都を去った。しかし田舎で一人の男性・ミヒャエルと出会い結婚する。ミヒャエルは記憶を失っていた。美貌をもち、温和な性格のミヒャエルは一途にジュネを愛する。ジュネもまた彼を愛し、幸せな結婚生活を送る。け…