「失せろ」
テオはいつものような不機嫌な声で、短く言った。
「お荷物はもう要らない」
余地を残さない言い方だった。
テオの隣で、濃緑の髪をしたロレットがくすくすと嗤った。
テオの向かいの席に座る禿頭の男・ルーフォは常通り無口だが、寡黙というより単純に興味がないのだろう。
昼時、酒場のテーブルは四人がけで、パーティのまとめ役であり優れた剣士であるテオ、後方支援を担う女魔術師ロレット、寡黙な弓使いルーフォが座り、残った席には荷物が置かれている。
リュフェスは呆然とした。
「待ってくれ、それはどういう……」
「言葉通りの意味! あんたはもう要らない。ジャックがいなくなったいま、あんたみたいな能無しの羊追いのお守りをしてやる必要はなくなったってことよ!」
ロレットが眦をつりあげる。――羊追いは、《獣使い》に向けられる蔑称だ。
だがその蔑称を投げつけられただけでなく、ジャックがいなくなったという言葉が、リュフェスの胃をねじるような不快感を与えた。
飛ぶ鳥落とす勢いで迷宮探索を進める《鋼の刃》は、ロレットやルーフォの優れた魔術や弓技だけでなく、とりわけ卓抜した剣技を持つテオと、もう一人の剣士ジャックに支えられていた。
四人はよく噂にのぼるが、もう一人のリュフェスの名はほとんど知られていない。
だがジャックはいなくなった。そしてジャックだけが、リュフェスの能力を買っていた。
「……待ってくれ。いまは、人手が足りないだろ」
胸にうずまいた感情を噛み殺し、血を吐くような思いでリュフェスは言った。
「あんたみたいな《獣使い》がいたところで何になるのよ!」
「ロレット、やめろ」
ひどく白けた様子で、テオは遮る。ロレットは驚いたように振り返る。
テオはひどくだるそうに、視線を向ける労力すら惜しむようにリュフェスを一瞥した。
「お前、人手って言ったか? なあ、お前が一度でもいい働きをしたことがあったか? お前は頭数として数えられるほど何かしたか? お前がいなくて、俺たちがどう困るって言うんだ? 言えよ」
不気味なほど静かに、だが凝った敵意で切りつけてくるような言葉に、リュフェスは歯噛みした。
――相性が悪い。
それはリュフェスの感情論だけではないはずだった。
《獣使い》の戦い方と、《鋼の刃》の戦い方は相当に相性が悪い。《鋼の刃》は才能に恵まれた二人の剣士が前衛を張っているのもあり、速攻殲滅を好む。短期で決着をつけるということを繰り返してここまでのぼりつめていた。
それでも、パーティに合わせられない自分の力不足だ、とリュフェスは自分に責任を認めた。だからひそかに試行錯誤した。
あと少し――あと少しで、これまでの《獣使い》の戦法とは一線を画すやり方ができ、パーティにもっと貢献できるはずだった。
「ホントに役立たずの鈍間野郎」
ロレットが吐き捨てる。
「あいつがどうしてもといったから入れてやった。けど、あいつはもういないし、俺たちに役立たずは要らない」
とっさに口を開き掛けたリュフェスに、テオは野良犬でも追い払うように手を振った。
「さっさと消えろ。目障りだ」
「待ってくれ!」
リュフェスは食い下がった。
感情では、自分でもとうに諦めている。だがそうはできない理由ができてしまった。
――いまこのパーティを追い出されて日銭を稼げなくなるのはもっとも避けたい。
だが突然、ヒュンと耳の横を風が横切った。固い音をたててドアに突き刺さる音。息を飲む。
「……テオは、失せろと言ってる」
どこかぎこちない発音でそう言ったのは、無関心を貫いていたはずの弓使いだった。
いまはうっすらと目を見開き、いつの間にか音もなく立ち上がって、構えた弓矢の先をぴたりとリュフェスに当てている。
感情を動かさないルーフォの眼差しは、次はためらうことなく当てると無言のうちに告げてくるようだった。
リュフェスは強く手を握り、怒りを噛み殺す。もはや取りつく島もない。自分の荷物を手に踵を返そうとした。
「――待て。それは置いてけ」
かすれた声がかかった。リュフェスが驚いて振り向くと、ルーフォの細い目が見ていた。
「お前にはもうそれは必要ない」
「な……、これは俺の私物だろう!」
「迷惑料だ。置いて行け」
ルーフォの言葉に、ロレットが噴き出した。
「あっは! そうね、それぐらい置いていきなさいよ」
リュフェスは背負い袋の紐を強く握りしめた。無視してそのまま立ち去ろうとしたとき、ヒュン、と頬の横を鋭い風がよぎった。と同時にガンと音をたてて、扉に矢が尽き立った。
驚いて振り向くと、ルーフォが弓を構え、その鏃の先を寸分違わずにリュフェスに向けていた。
「おい……っ! 正気か!!」
「置いて行け」
「ふざけるな! おい、テオ!」
仲裁を求めてテオを見る。だがテオは、すぐ側で仲間が弓を引いて元仲間を狙っているにもかかわらず、さも退屈そうに硬貨を放り投げてはつかむということを繰り返していた。
ルーフォがまた、置いて行けと同じ言葉を繰り返す。
リュフェスは、紐を握る手に力をこめた。
「――断る」
向けられた鏃の先が、禍々しく光った。